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2025.10.17
株式会社斎屋様
株式会社斎屋 代表取締役

齋藤晋平

大学卒業後、インテリア業界を経て先代から続く老舗弁当斎屋に就職。
当時リーマンショック直後でもあり、東京オフィス街を中心に会議などでの仕出し弁当需要が急落。
センターキッチンでの製造、配達での販売という従来のビジネスモデルだけの経営に黄信号が灯ったことから、
先代であり父と共に外食事業としての豚大学の立ち上げに邁進。
飲食、特に料理に関してはほとんど経験がなかったが、そのことで違う視点やに立つこともできた。
これから飲食をする人や自社で働く人間にも、現場調理や接客さけでなく、
経営者として自分を高める大きな視点を持っていずれ独立する気持ちで日々励んでもらいたい。と話す。

豚大学に求めた「価値」
自分が先代の営む弁当屋に戻って、先代と共に取り組んだのが豚大学。
そこで意識したことはあえてターゲットを絞り、複数商品を展開せず、
インパクトのある商材・商品で戦うこと。
当時のトレンドは間口を広く大勢の人に愛されるお店作りが多い中で、
その逆ともいえる出発点でした。

大学卒業後、インテリア関係の商社に就職、3年を経て仕出し弁当を神田で営む父であり先代の現会長から「リーマンショック後の起爆剤として次の手を考えているから戻ってこい。」
と呼ばれ取り組んだのが、外食業としての手掛ける「豚大学」の出発点でした。

 

当時我々はお弁当屋をやっていたんですけど、
正直調理技術によってかなり完成度が左右されてしまう問題点がありました。
また経営者として考えた時に技術を必要とする調理があることで、
経営に自由度が少なく、調理人にイニシアチブを取られてしまうことも
今後の懸念としての考えがありました。
なので豚大学には高度な調理技術を必要とせず、
かつインパクトのある商材を探す。と言う所からコンセプトの策定に着手しました。
特にお店の業種業態を考え重要視したポイントとしては、
①単品商売の店
②ターゲット層を絞り込む
③インパクトのある商材・商品
ということで考え、
ある意味この3つに当てはまるものであれば、
当初はそれがなんでも良いと考えていました。

基本女性客については僕的には狙っていません。むしろ狙わない方がいいと。
コンセプトとかターゲット層が絞れているところが逆にいうと魅力なのかな。と考えています。

きっかけは当時お茶の水の雑居ビルの3階にあったとあるお店で、
このお店は路面店でも無いにも関わらず、その商品力によって3階であっても行列が絶えない人気店でした。
このことに当時私はとても衝撃を受けました。
空中階でも商品に魅力があればお客様は入るんだ。ということですね。
当然3階に出すメリットとしては1等地であっても家賃が安いこと。
なので当初の感覚としては空中階で勝負しよう。と考えていました。
ただ今考えれば知名度もブランドも固まってない中で恐ろしいことだったな。と分かりますが
当時は知らないからできたみたいなことです。ただ結果的には偶然空中階の店舗より先に、
新橋の駅前ビルの1階にたまたま空きテナントが出たのでそこに入ることになりました。

メニュー開発はどうやった?

お店のコンセプトなど決まって、豚丼をやろうとなってからは、
メニュー開発は基本コピーすることから始めました。
行列店や評判のいい店、やっぱり視察することはすごく大切だな。と感じます。
豚丼に関して言えば、当時そこまで東京でやってるお店は少なく、市民権がある割には出店余地があるな。
と考えていました。
特に出店地が新橋になったことで、
ブレる必要もなく、豚丼をひたすら深堀りしていきました。
ターゲットについては、うちはブレる必要は無いと考えていて、この考え方は当時あまり一般的ではなくて、
どちらかというとファミレスのように間口が広いお店さんがまだまだ良かった時代だったので、
反対意見はめちゃくちゃありましたけど、元々の3つのコンセプトに基づいて商品は増やせないな。
って所から最終的にまとまりました。

数々の試練を経験しました。
特にコロナ禍ではもう流れゆくキャッシュを見ていることしか出来ませんでした。

最初の大きな試練はリーマンショックだと思います。
とにかく東京中心地での仕出し(弁当)需要が大きく落ちました。
お店の存続を検討する黒赤ラインまで当時落ちたと聞いています。

 

その後はコロナですね。
もう流れゆくキャッシュを見てることしかできなかった。
会議とかはするんですけど、結局は拠点閉めて、希望退職募って。
ちょうど新宿に出店した直後で、駅近の路面店ということもあり、家賃が高かった。
加えて人件費も上昇傾向だった中、コロナの直撃でした。
主要客層や徐々に認知度も広がり始めている最中でしたので、撤退はショックでした。
その当時振り返ると自分自身は勉強に充てていましたね。
コンサルタント勉強というか、中小企業診断士の勉強をしていましたね。
やっぱ自分の力付けていかなきゃ。って。
それは今でも役立っている。
新宿も地域ニーズはあると考えていますので、また出店チャンスはあると考えています。

後は今はやはり原価の上昇に悩まされています。
今月から販売価格ベースで8%程の値上げをさせて頂きましたが、
原価の上げ幅でいうと収まってはいません。利益を多少圧縮する形になっています。
豚だけでも2023年と比べて30%程度の値上がり、
またコロナ前からみれば1.5倍は上がっていると思うので、
客層も考えながら価格コントロールを行っています。

メッセージMessages

開業者に届くメッセージ。

当時開業に使った資金は、物件取得費は入れずに600万ぐらいですかね?
めちゃくちゃ削って。怖かったんで。多分めちゃくちゃ安かったと思います。
今では同じ工事でも1,000万は平気でいきます。笑
最初の難関としては資金繰り、キャッシュが回るか、軌道にのるかっていうところが一番不安。
特に今は労働環境とかも厳しくて、
今の条件に当てはめたら当時の自分のお店は(売価も安かったが)利益を出せていたか。
なのでお金周りの知識はちゃんと身に付けておいた方が良いと思います。
物を作って、それを接客して売ることに凄く長けている人は多いんですが、
経営を考えた時ちゃんとデイフェンス部分も考えておかないと、
ここが弱い人が多いので。
消費税の支払いなどはいきなりキャッシュをドカッと持っていかれる。とか。笑
後は飲食バイトとかまだ時間あればやってみる、掛け持ちとかで。
仕入先とかマニュアルとか勉強になるところは一杯あるし、
後そのお店の理念なんかもとても参考になると思います。

僕のポリシーでもありますが、コロナがあって特に、
最終的に働く人が独立して仕事ができるようになって欲しいな。というのがあって、
その感覚を知ってほしい、じゃないと次コロナが来た時、
本当に守り切れないかもしれないよ。っていうのが一番ですね。
この世界は楽しいですよ。
サラリーマンの10倍くらい。
経営もそうですね。
今は豚大学のドミナントに取り組んでいる。
後2つくらいブランドを作って、3点を結ぶイメージ。
サラリーマンが昼夜行けるドミナント。とんかつ学部(かつ丼ブランド)もその一つになるかな。と思っています。

経営の醍醐味はまず決定権を自分が持っているということ。
誰かに頼れないっていうところが真面目に真剣に生きるにはやっぱり楽しいと思います。

豚大学

業種:

丼ぶりや/仕出し弁当

創業:

2/1/1992

現在の運営店舗:

5店舗(+セントラルキッチン)

地域:

東京、千葉

その他の展開ブランド:

宅配弁当 斎屋
海鮮焼弁当 こうみや 
豚大学 とんかつ学部